人材管理
2023/09/15
企業価値向上に欠かせないエンゲージメントと人的資本の情報開示の押さえるべきポイント
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ビジネスの環境変化が激しい昨今、企業成長の鍵として人材への投資に関心が高まり、上場企業には人的資本の情報開示が求められるようになった。
企業は人材をどのように捉え、経営にどう生かしていくべきか。また企業の人事部門にはどのような役割が求められるのか。
「人材版伊藤レポート2.0」をとりまとめた一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏と、タレントマネジメントシステムや組織診断サーベイをはじめとする6つのクラウドサービスを提供するHRBrain執行役員の吉田達揮氏に話を聞いた。
従業員エンゲージメント最下位、日本企業は人材を大切にしてきたのか
——— 企業と従業員の信頼関係を構築する「従業員エンゲージメント」が注目されています。その背景について教えていただけますか。
伊藤:
非連続的に激変する経営環境に向き合うには、従業員一人ひとりのポテンシャルを最大限に引き出す必要があるということに加え、この3年間の新型コロナウイルス禍で働き方が変わり、従業員自身に自分を見つめ直す時間的な余裕が生まれたことが要因となっています。

企業がパーパスや存在意義を語る中で、従業員は自分の役割や価値を考えるようになり、自分のいる場所ではないと判断すれば、離職することにもなりかねません。
私は、日本企業が人材を大切にしてきたというのは都市伝説のようなものだと思っています。大切にするというのは人材を“資本”と捉えてその価値を高めていくことなのに、“資源”として捉えていたのではないでしょうか。経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会」で私が座長としてとりまとめた「人材版伊藤レポート2.0」ではこの問題意識を共有して議論を積み重ねてきました。
米国の調査会社が行った従業員エンゲージメントの国際比較では、日本は世界で最下位です。人材を大切にしているはずなのにこうした結果になるのは、大切にするやり方が間違っているとしか考えられません。このような状況で競争力を強化できるのでしょうか。
吉田:
従業員エンゲージメントが低いからといって、ただ満足度を上げるために、サーベイを実施してスコアを追いかければいいということではありません。従業員の期待値と実感値のギャップを正しく把握し、差分を埋める取り組みこそが重要です。

伊藤:
サーベイを実施することで、従業員は会社に期待します。実施後は期待に応えるためにも、調査とフィードバック、対話をセットで行わなければミスリーディングとなり、従業員エンゲージメントはさらに下がってしまうでしょう。
人的資本の情報開示で陥りやすい落とし穴とは
——— 上場企業には従業員エンゲージメントなど非財務指標である人的資本についての情報開示が求められています。課題はどんなところにあるのでしょうか。
伊藤:
サーベイなどを活用して従業員エンゲージメントを可視化することはいいことです。測定できるものはコントロールが可能ですので、これまでの定性的な判断ではなく、定量化されたデータに基づいた人事施策を検証できるようになります。
今回の情報開示では2種類の情報開示を求めています。1つは女性の管理職比率、男女の賃金格差、男性の育休取得率など他社と比較可能性のある定量情報であり、もう1つは独自性のある情報です。こうした情報が開示されることは大きな進歩であり、今年は人的資本の情報開示元年といえるでしょう。
ただし、問題なのは、社外からよく見られたいと考え、女性管理職を計画よりも前倒しして増やすなど、数字を無理に上げようとすることです。同調圧力がかかって従業員も忖度し無理をしてしまいます。人材を大事にしようとしながら逆の結果になりかねません。
吉田:
従業員エンゲージメントスコアは経営と人事と現場の目線を合わせるためのコミュニケーションツールであり、スコア自体はKGI(重要目標達成指標)、つまり結果として上がってくるものです。そのために重要なのが従業員エクスペリエンス(1)です。
従業員は入社してから退職するまで、日々現場でいろいろな体験を積み上げていきます。ポジティブな体験が多ければスコアは上がり、ネガティブな体験が少しでもあれば下がっていきます。スポットではなくストーリーとして体験を捉え、従業員ごとに対話を通して個別最適化を図ることが必要です。
(1)従業員がその企業で働くうえで得られる体験
データの民主化によって人材を見える化すべき
——— 人材戦略を企業価値につなげるためにはどんなことが必要でしょうか。
伊藤:
大前提になるのが、経営戦略とのマッチングです。それには2つのアプローチがあります。1つは経営戦略から人材のほうに向かうマッチングと、もう1つは有能な人材を集めて新たな経営戦略を企画させるマッチングです。一義的には経営戦略から人材に向かうマッチングを考え、人材の育成や採用に取り組むことになります。
そのために必要なのが人材の見える化です。今の日本企業が人材をきちんとマッチングできていないのは、従業員一人ひとりのスキルやポテンシャルを可視化するためのデータが不足しているからです。対策として、人事は把握しているデータを開示し、データの民主化を図るべきです。

吉田:
データを見える化するためのポイントは、共通言語を持つことと見える化のためのプラットフォームを持つことです。現場から見て優秀な人が人事部からはそう見えていないという状態を避けなければなりません。つまり、スキルを定義した共通言語が必要です。
また、データを活用していくにはその人の過去、現在、未来のデータが必要です。そのためには、従業員に負荷をかけることなくデータ収集できる仕掛けや分析ができ、改善の見える化につながるプラットフォームの活用がポイントになります。
伊藤:
未来に向けた情報というのは暗黙知のようなものですが、人的資本経営の腕の見せどころといえるかもしれませんね。
ストーリーのある人事施策で経営戦略を実現する人材を
——— 人的資本経営の実現で人事やシステムにはどんなことが期待されているのでしょうか。
伊藤:
経営戦略がどんなに素晴らしくても実現するために必要な人材がそろっていなければ実現できません。そこで大事になるのが人事施策の一貫性であり、ストーリー性です。情報開示をする企業はそれを強く意識する必要があります。実体がなく、ストーリーがつながっていなければ開示する意味がありません。
人事部門自体にも変革が望まれています。人事の本来のパーパスは「本来やるべきこととは」という問いから始めるべきでしょう。私の心象風景としては、悩んでいる社員がエレベーターに乗ったときに無意識で人事部門がある階のボタンを押してしまう、そんな人事部であってほしいと思っています。

吉田:
人材データの収集という前工程と、そのデータをもとに何を実行するのかという後工程をシームレスにつなぐのが人事システムの価値ですが、誰のためのシステムかが問われていると感じています。現場のマネジメント難易度が高くなっている今、効率化のためにテクノロジーを活用したうえで、人事部門は現場社員のエンゲージメントに寄り添っていくことが求められているのではないでしょうか。
ただ、従業員エンゲージメントを高める取り組みや、投資家向けによりよい情報開示を行うプロセスは、人事部門には大きな負荷がかかります。当社はその負担を少しでも減らせるよう、人事部門の方々と二人三脚でより良い組織づくりをご支援していきたいと考えています。
HRBrainは累計で2,500社以上に導入(2)されています。組織診断サーベイの利用企業の57%(3)はプライム市場などの上場企業で、今年度に人的資本の情報開示に使っていきたいという企業も複数社出てきています。凸版印刷株式会社では、組織改善において当社のサーベイにて収集した「EXスコア®」をKPI(評価指標)の1つとして設定いただいており、2022年9月に発行された「サステナビリティレポート2022」にも「EXスコア®」が掲載されております。今後はこうした先行企業の活用事例のノウハウも提供していく予定なので、ご期待ください。
(2)2023年9月時点
(3)2022年11月時点 ※東京証券取引所への上場であり市場区分を問わない

PROFILE
伊藤邦雄氏
1975年一橋大学商学部卒。同大学大学院商学研究科長・商学部長、同大学副学長を歴任。経済産業省プロジェクトで座長として成果をまとめた「伊藤レポート」は国内外で大きな反響を呼んだ。2019年5月より気候変動対策に取り組む企業、団体からなる「TCFDコンソーシアム」会長。2020年9月、座長を務めた経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の成果として「人材版伊藤レポート」を公表。2022年5月に「同2.0」を策定し、同年8月創設の「人的資本経営コンソーシアム」会長。「Society5.0時代のデジタル・ガバナンス検討会」座長。経済産業省・東京証券取引所「DX銘柄」評価委員会委員長ほか。
吉田達揮氏
新卒で東証プライム 総合人材サービス企業に入社。2020年HRBrainに入社。人事制度コンサルティング部門の立ち上げから大手企業向けのクラウド営業に従事。以後、事業企画にてゼネラルマネージャーとして全社戦略の策定・推進を担当。その後、組織診断サーベイ「EX Intelligence」を提供しているEX事業本部の立ち上げを担当。2022年4月に執行役員へ就任。2023年4月よりビジネス統括本部の本部長として全体を統括。「人的資本TIMES」の編集長も兼務。

HRBrainは、タレントマネジメントをはじめとし、組織診断サーベイ、人事評価、360度評価、労務管理、社内チャットボットの6つのクラウドに加え、制度構築や研修をはじめとするコンサルティングサービスを提供している。累計2,500社以上の導入実績があり、顧客満足度No.1※を獲得している。
※ITreviewカテゴリーレポート「タレントマネジメント部門(大企業)」(2023 Spring)
※2023年7月7日~2023年8月6日に日経電子版広告特集にて掲載。
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